大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6340号 判決

○当事者

原告

木下義太郎

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木熈

被告

笹川良一

被告

株式会社銀座ストアー

右代表者代表取締役

根岸二郎

右両名訴訟代理人弁護士

篠原芳雄

津野茂治

○主   文

被告らは、各自原告に対し金六、八九二、五〇〇円及び内金六、五四七、五〇〇円に対する昭和三六年七月一日から、内金三四五、〇〇〇円に対する昭和三七年五月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告において被告らに対し、それぞれ金一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その被告に対しかりにこれを執行することができる。

○事   実

第一 当事者双方の申立

一 原告の申立

「被告らは、原告に対し各自金一九、四八二、八〇〇円及び内金一八、五〇七、六〇〇円対する昭和三六年七月一日から、残金九七五、二〇〇円に対する昭和三七年五月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。

二、被らの答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。(証拠省略)

○理   由

一、原告と被告ら間の賃貸借契約についての判断

被告が本件土地とその地上の旧建物を所有していたことは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によれば、被告会社は、昭和二六年四月頃設立され、被告から旧建物一階を第三者に転貸する目的で賃料一ケ月金一〇〇、〇〇〇円で賃借したことが認められる。

1、つぎに、訴外関豊治が被告会社から旧建物一階店舗内の別紙第一図面表示のの赤斜線部分合計七、五坪を賃借(ただし、被告に対する関係は転貸借)していたこと、昭和二八年二月中、羊屋が右同部分で洋服類の販売業をするに至つたことは、当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によれば、同月頃、原告は、右関からその賃借部分の賃借権と営業権を金一、〇〇〇、〇〇〇円で譲り受け、これを羊屋に賃貸し、羊屋は、これに基いて右販売業をするに至つたことが認められる。しかしながら、右関の賃借権の譲渡につき被告会社の承諾があつたか否かに関し、原告と被告ら間に紛議が生じ、折衝の結果、同年一二月五日、原告主張の要旨の第一契約が成立したことは、当事者間に争いがない。

2、そこで、第一契約の内容につき、争いある項目の趣旨を検討する。

(一) 原告は、第一契約を通常の店舗の賃貸借であると主張し被告らはケースの賃貸借であつて、その賃貸条件、賃借権価格の算定につき通常の店舗の賃貸借とは異なるとして争うので、この点について考えるに、(証拠―省略)を合わせ考えると、別紙第一図面表示のの赤斜線分の空間においては、原告及び羊屋は、ケースを自由に取りかえ、移動することができたこと、その範囲内の店舗改造設備費は、原告が出費していたこと、契約書の作成に当つても、後に成立した昭和二八年一二月一五日の契約(甲第三号証の一)の場合にケースの賃貸借である旨が明記されているのと異り、第一契約(甲第二号証の一)およびこれに基く即決和解の調書(甲第二号証の二)においては、いずれも特定の坪数の店舗部分の賃貸借である趣旨が明らかに記載されていることが認められ、(証拠―省略)中この認定に反する部分は右認定に用いた各証拠と比較して信用することができない。

右認定の事実によれば、第一契約は、建物の一部としての特定坪数の店舗の賃貸借と考えるのが相当である。

(二) つぎに、被告らは、第一契約は新建物を新築するまでの一時使用のための賃貸借義務の存在を争うので、この点について検討する。

まず、前掲甲第二号証の一の契約条項中第二項には、この契約が借家法第八条にいわゆる一時使用の賃貸借であることを承認する旨の記載があるのに反し、前掲甲第二号証の二の和解調書中にはその記載がないのであるが右両者の記載内容を全体として比較し、その意味を考えると、被告において旧建物を取り毀し、鉄骨ビルテイングを新築する計画を有していたため、この新築計画が具体化しその建築許可がなされ、請負人が現場で工事に着手しようとする際に、原告が借家権を主張して退去を拒むことによつて右計画の実行が妨害されることを懸念し専ら確実に明渡が得られるように前者の契約書にかかる条項を挿入したものであるところ、後者の和解調書ではその調書によつて右明渡の執行が確保されている関係上右のような一時使用の趣旨の記載がなされなかつたものと解することができる。したがつて、前記一時使用に関する文言は、右明渡義務に関する限りで借家法による保護を排除する意味を有するにとどまり、その反面新建物の賃貸借についていかなる権利義務の関係が生ずるかという点に関しては、右の文言は直接の関係はないというべきである。

かえつて、(証拠―省略)によれば、第一契約および右即決和解の約定に基き、被告は、新建物築造後その一階表側部分のうち、旧建物についての最終の賃貸借坪数と同じ坪数を賃貸する義務を負つたものと認めるのが相当である。

(三) つぎに、原告の主張する昭和二八年一二月一五日の借増について検討する。

まず、当事者間に争いのない第一契約の内容として、新建物築造後の賃貸坪数は、原告と被告会社との旧建物についての最終の賃貸借の坪数をもつてするとりきめがされているのであるから、第一契約締結当時すでに借増を予定していたことが推認されるが、前掲甲第二号証の一、二、第三号証の一によれば、昭和二八年一二月一五日の契約書には、ケースの賃貸借であることが明記され、その添付図面にもその旨の表示があり、かつ、その条項全般にわたりケースの一時使用を目的とする旨記載され、また、第一契約の場合と異なり、保証金等の授受もなかつたことが認められ、しかも、その後昭和二九年三月四日成立した前記即決和解においても、この部分の貸借関係については、何ら言及していないことから判断すれば、昭和二八年一二月一五日の契約は、第一契約で予定された賃貸借坪数の増加を目的としたものではなく、いわゆるケースの賃貸借であつて、そのケースの存在する場所の坪数は旧建物についての賃貸借坪数には加算されないものと解するのが相当であるから、この点の原告の主張は理由がないものというべきである。

(四) さらに、原告は、昭和三四年九月中の借増を主張するがその主張の借増の契約のあつた事実を認めるに足る適確な証拠はないから、この点の主張も理由がない。

二、被告らの抗弁に対する判断

1 まず、訴外村山潔への営業、占有名義及び使用目的の無断変更による契約解除の抗弁について検討する。

前掲甲第二号証の一と二を対比してみるに、被告らの主張する契約解除に関する特約の趣旨は、その所定の場合に被告会社からなんらの行為もまたないで当然に契約が解除され終了するものと解すべきではなく、契約解除の意思表示の前提としてなんらかの催告をすることは必要でない旨約したにとどまるものと解すのが相当である。したがつて、契約を解除するには、民法の一般原則にしたがいその旨の意思表示をすることが必要であるところ、その意思表示をしたことを主張しないで単に前示特約に基く当然解除を主張する被告らの抗弁は、右の前提においてすでに理由がないことに帰するわけである。

なお、羊屋が、被告ら主張の頃、訴外村山潔に本件店舗を使用させ、かつ、同訴外人をして洋服類以外の婦人用セーター等を販売させていたことは、原告の認めるところであり、羊屋と右訴外人との契約内容についてみるに、(証拠―省略)によれば、羊屋の代表者門田稔は、昭和三四年一〇月頃、本件店舗での営業が採算に合わなくなつたので、店舗を西銀度に移転する計画をたて、本件店舗で営業することを望んでいた右訴外人に対し、本件店舗の賃借権を譲渡しまたはこれを転貸しようと考えたが、被告らとの約定がその障害となるので、右訴外人に本件店舗の経営を委託することにし、看板等は従前のまゝ羊屋名義とし、羊屋が原告に支払うべき賃料一六〇、〇〇〇円に、金四〇、〇〇〇円を加算した金二〇〇、〇〇〇円を右訴外人が羊屋に支払うことを約し、これに基いて右訴外人は、本件店舗で営業を開始したが、その営業形態は、右訴外人が数名の商人に、極めて短期間ずつ在庫品販売のためにケースを提供し、婦人物の下着、肌着、セーター等の洋品類の販売をさせていた事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。しかしながら、(証拠―省略)によれば、被告会社代表者根岸二郎は、昭和三四年一二月頃、右状況を察知したが、同人は、訴外村山潔とは従前から猟友達であつたし、旧建物を取毀し新建物を築造する際に問題を一挙に解決しようと考えたため、このことについて原告を難詰することを避け、かえつて、右状況を知りながら、昭和三五年四月分までの賃料をなんら異議を述べることなく原告から受領していた事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

以上の認定事実によれば、羊屋の右行為は、前示特約にいう占有名義及び使用目的の変更に該当する疑いがあるが、むしろ被告会社において暗黙のうちにこれを承認したものと認めることができ、いずれにしても被告らの抗弁は理由がない。

2 つぎに、被告らは、合意による解除の主張をするが、全立証によつても、被告ら主張の頃原告が本件店舗の賃貸借を終了させることに同意したとの事実はこれを認めることができないから、この点の抗弁も採用することはできない。

三、被告らの不法行為等についての判断

前記判断のとおり、被告は、原告に対し、新建物築造後その一階表側部分のうち、旧建物についての最終の賃貸借坪数と同じ坪数を賃貸する義務を負つていたものであるところ、当事者間に争いのない請求原因2(一)の事実によつて、被告には、訴外笹川商事株式会社をして、新建物の一階表側に面する店舗部分七・五坪を原告に賃貸させる義務が生じたものということができる。もつとも、新建物の所有者は訴外笹川商事株式会社であつて、被告ではないが、(証拠―省略)によれば、訴外笹川商事株式会社の代表取締役笹川堯は、被告の実子であり、その取締役の一人である笹川陽平も同様であり、現実に被告の指示に基いて新建物の賃借人を決定していることが認められるから、他に別段の事情の認められない本件においては、新建物の所有者が被告でないことを理由に被告の賃貸義務を否定することはできない。

ところが、(証拠―省略)によれば、被告は、後記認定の被告会社代表者の言をそのまま信用し、その言の真否を確かめることなく、過失により、原告に新建物の一階表側店舗部分を賃貸する義務なしと軽信して、訴外笹川商事株式会社をして、訴外大井証券株式会社に右部分を含む新建物一階から中二階を含み二階までの店舗部分を賃貸させるよう図ることにより、原告に対する賃貸義務の履行を不能ならしめた事実が認められる。

したがつて、被告には、原告に対し債務の履行不能による填補賠償をなす義務があるものということができる。

ところで、被告会社の責任について考えるに、前掲甲第二号証の一によれば、被告会社も第一契約の当事者としてその契約内容の実現に協力すべきところ、前記抗弁1に対する判断のとおり、原告の責に帰すべき債務不履行による解除が認められず、新建物一階表側店舗部分を原告が被告から賃借し得る権利を有していたにもかかわらず、被告会社代表者尋問(第一回)の結果によれば、同代表者は、故意または少なくとも過失によつて、被告に対し、原告と被告会社との賃貸借は終了し、原告は、新建物についての賃借権を有していない旨述べて、被告をしてその旨誤信させ、結局原告の右賃借しうる権利を喪失させたものであることが認めららる。

被告会社の右行為は、不法行為に該当するものであるから、被告会社にも原告の蒙つた損害を賠償する義務があるものというべきである。

四、損害額についての判断

原告が、新建物一階表側店舗部分につき、

被告らの右各行為がなかつたならば賃借し得た坪数は、前記認定の七・五坪であり、別段の約定の認められない本件においては、取得し得た筈の賃借権は通常の条件による賃借権ということができる。しかしながら、第一契約に基き新建物についての賃借権が発生したものとはみることができないから、新建物完成後、その賃貸人となるべき被告または被告の支配下にある訴外笹川商事株式会社と原告との具体的折衝によつて賃借条件が定められた筈であり、通常の場合、その条件の一つとして賃借権取得の対価の支払が問題になるわけであるが、旧建物につき賃借権を有していた原告がこれを明け渡すことに対するいわば代償として新建物の賃貸が約された本件の場合には新建物の賃借権価格と旧建物の賃借権価格とを比較衡量して賃借権の取得対価につき検討すべきところ、鑑定人(省略)の鑑定及び尋問の結果をみると、新建物中その該当する部分の賃借権価格は、原告に対する賃貸義務の履行が不能になつた昭和三六年六月当時((証拠―省略))によつてその頃訴外大井証券株式会社が当該部分の賃借権を取得したことが認められる。)坪当り金八七三、〇〇〇円であることが認められ(証拠―省略)によれば、旧建物中その該当する部分の賃借権価格は、旧建物取毀しの頃である昭和三五年五月三〇日当時坪当り約九六〇、〇〇〇円であることが認められる。

右認定事実によれば、昭和三六年六月当時(旧建物に関する賃借権価格は、昭和三五年五月三〇日当時の評価であるが、右各価格の比較においては、旧建物取毀時のその賃借権価格と新建物完成後賃貸しうる時のその賃借権価格とを比較して大略さしつかえないものと解する。)の新建物の賃借権価格は、旧建物の賃借権価格よりも低額であるから(その理由は階層の低い建物については敷地価格の占める比率が高いことによるものと解される。)、他に別段の事情のない本件においては、原告は、新建物の賃借権を取得するためにあらためてその対価を支出することを要しない立場にあつたものと判断してさしつかえなく、結局原告が蒙つた損害の額は、新建物についての賃借権価格に相当する額ということになる。

そうすると、その坪当りの賃借権価格は金八七三、〇〇〇円であるから、原告が取得し得べかりし新建物の部分七・五坪の前記昭和三六年六月当時における賃借権価格は金六、五四七、五〇〇円であつたわけである。ところで、前記鑑定の結果によれば、その後昭和三七年四月当時には、右賃借権の坪当りの価格は高謄して金九一九、〇〇〇円と評価されるに至つたことが認められる。而して新建物付近においては、賃借権価格が年々謄貴を続けていることは公知の事実であり、特段の反対の事情のない本件では、被告らも原告が右新建物を賃借しうべき権利を喪失した当時その事情を予見していたか、あるいは予見し得たものと認めることができるから、原告は、その増加額をも被告らに対し損害賠償として請求し得るものである。そして、右鑑定の結果によれば、その増加額は、坪当り金四六、〇〇〇円、七・五坪では金三四五、〇〇〇円と認められる。

ところで、原告が、本訴訟の係属中、昭和三五年一一月一九日付準備書面(同月一一日に当裁判所に受付)を被告ら訴訟代理人に送付し、その頃、原告において新建物を賃借しうべき権利を喪失したことによる損害の賠償として、前示各金額の合計額をこえる金員の支払を請求したことは記録上明らかなところであり、口頭弁論の全趣旨に徴すると、以後右請求の意思は継続して表示されているものと認めることができる。したがつて、被告らは各自原告に対し金六、五四七、五〇〇円及びこれに対する右請求の日の後でありかつ被告らが賠償義務を負担するに至つた日の後である昭和三六年七月一日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金並びに金三四五、〇〇〇円及びこれに対する前記請求の日の後でありかつ賃借権の価格が前記のとおり謄貴した後である昭和三七年五月一日から支払ずみまで同割合による遅延損害金の支払義務を負うものということができる。

五、よつて、原告の本訴請求は、右の範囲内で理由があるのでその限度でこれを認容し、その余の部分は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行の宣言については、同法第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 井口牧郎 裁判官 宇野栄一郎 裁判官 小倉顕

目   録(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!